西暦 元号 こ と が ら

794
1352


延暦12
正平7

2000年くらい前から人が住んでいた。
「続日本記(しょくにほんき)」に足立の地名がでてきている。
武蔵風土記稿に「鹿浜(ししはま)」という名で鹿浜のことがでている。
  “鹿浜村の開発に27人の農夫が尽力したこと”
  “その子孫が鈴木・大谷という姓であること”などが書いてある。
1603

1640
1691
1692
1728
1847
慶長8

寛永18
元禄4
元禄5
享保18
弘化4
徳川家康、江戸に幕府をひらく。
 このころから新田がさかんに開発されるようになり、鹿浜新田などがひらかれる。
糀屋の氷川神社がつくられる。
鹿浜のししまいはじまる。
島の氷川神社が今の場所にたてられる。
見沼代用水ができる。
横田権蔵が鹿浜村に寺子屋を開く。
1868
1871

1872
1874

1883
1886
1891
1892

1904

1910
1911
明治元
明治4

明治5
明治7

明治16
明治19
明治24
明治25

明治37

明治43
明治44
江戸を東京とあらためる。
東京府となる。足立郡鹿浜村、沼田村、堀之内村、加々沼村、
高野村(谷在家を含む)となる。
藤岡宥応が鹿浜村宝蔵寺に寺子屋を開く。
六番分校を宝蔵寺に開く。
第十二番公立小学校鹿浜学校とあらたまる。
鹿浜新田に、鹿浜学校の分校として新田分校をつくる。
荒川堤修理、桜の苗木をうえる。
押部、谷在家、加々皿沼の児童のために押部分校をつくる。
押部分校独立、押部尋常小学校となる。
新田尋常小学校となる。
沼田、鹿浜、押部、新田小学校を合併し、江北小学校とする。
鹿浜、新田、押部小学校は、それぞれ分教場となる。
東京中が大水となる。
荒川放水路の工事がはじまる。
1922
1923

1924
1926
大正11
大正12

大正13
大正15
江北全域に電灯がつく。
関東大震災がおこる。鹿浜、新田、押部分教場がこわれる。
江北橋をつくりはじめる。
国道4号線(日光街道)ができる。
鹿浜分教場が、今の鹿浜小学校の場所につくられる。
1930
1932
1941
1943
1944
1945


1948

1955

1966
1969


1972


1973
1974
1975
1976

1982

1983
1984
1989
昭和5
昭和7
昭和16
昭和18
昭和19
昭和20


昭和23

昭和30

昭和41
昭和44


昭和47


昭和48
昭和49
昭和50
昭和51

昭和57

昭和58
昭和59
平成元
荒川放水路が20年の工事のすえできる。
東京府南足立郡が東京市足立区となる。
太平洋戦争がはじまる。
東京市足立区が東京都足立区となる。
江北小学校の児童は、長野県へ集団疎開
4月 東京大空襲により江北小学校、新田分教場全焼する。
児童を鹿浜分教場に収容する。
太平洋戦争がおわる。
10月 江北小学校鹿浜分教場時代がおわる。
11月 鹿浜小学校、江北小学校より独立する。
バス通りができ、川口からバスが通る。
東京オリンピック大会
 このころ、野菜づくりがさかんで、都市に野菜を送る。
鹿浜第一小学校(鹿浜小より独立)ができる。
環状七号線ができる。
区画整備、都営住宅の建設によって住宅地域に変わる。
鹿浜西小学校(鹿浜小より独立)ができる。
上沼田小学校(鹿浜第一小より独立)ができる。
沖縄本土返還
北鹿浜小学校(鹿浜小より独立)ができる。
体育館ができる。
図書室、第2音楽室、家庭科室ができる。
プールができる。
舎人流通センター足立トラックターミナルができる。
皿沼小学校(北鹿浜小より独立)ができる。
11月 開校10周年をお祝いする。
陶芸小屋ができる。
藤だなができる。
足立区研究奨励校(理科)研究発表会を行う。
1990
1992
平成2
平成4
校舎のぬりかえをする。
開校20周年をお祝いする。
(資料) 北鹿浜のうつりかわり
むかし
江戸
明治
大正
昭和
平成